2014年7月24日木曜日

深夜特急

 沢木耕太郎著『深夜特急』第一便第六章「海の向こうに」のなかで、一日で会社を辞めた理由を考え、偶然始めたルポルタージュを書くという仕事が意外なほど面白かったと書いている。
 そこでアメリカのハードボイルドの小説に出てくる私立探偵の言葉を引用している。
 「私は、人々の生活の中に入り込み、また出て行くのが好きなのです。一定の場所で一定の人間たちと生活するのに、退屈を覚えるのです」
 著者が会社に残ったとしても、「一定の場所で一定の人間たちと」仕事をしたり遊んだりする生活を送ることはできなかっただろうと思う。家族とずっと生活することができたかも疑問だ。大きな組織には転勤もあれば人事異動もある。会社を辞めなくても異動によってガラッと仕事の内容が変わることもある。転勤先で知っている人間が一人もいないことも珍しいことではないだろう。むしろ個人事業主の方が、一定の場所で一定の人間とずっと関わっていられ、同じ種類の仕事をし続けることになるのではないかと思う。
 そして、普通の人は、一時的に別の人生を体験したいと思って小説を読んだり映画を見たりするのだろう。ところが、小説の中の設定が自分の人生より退屈でつまらない場合がある。今の日本を生きる主人公の場合はたいていそうだ。プロの小説家は社会人生活もなしに小説家になることが多いのだから、特別な職種の普通の人が知らない生活を知っているわけがないので、あたりまえかと思う。
 その点、昔の外国の小説は、普通の人の普通の人の生活を書いていても、知らないことだらけで刺激的だ。ただ、当然読者が知っているだろうことはわざわざ書かないが、こっちは、それを知らないので、よく理解できないところも出てくる。この点は、いろいろ推理したり推測する楽しさがある。

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