2014年4月10日木曜日

与野中央公園整備(高沼用水路)

 与野中央公園の公園予定地内に最後に残っていた家も撤去され、公園整備の工事が始められるようだ。
 予定地の西端に高沼用水路西縁が流れている。水の流れを止めて護岸工事をしていたと思ったら、両脇が舗装されていた。公園側が幅二メートル、反対側が幅一メートルくらいの遊歩道ができた。
 
 鴻沼川沿いの桜並木と公園予定地
 
 

2014年4月9日水曜日

別所沼のかいぼり(水の流れ道)

 水が引けた底は、ほぼ平らで起伏が感じられない。
 平らななかに、細い筋が走っている。この筋の入った感じが、見たことがあるような気がする。
 春の雪解け水だ。平らな地面や凍った湖や川の水面に、こういう筋を見たことがある。
 原理は同じなのだろう。水は低いところを流れる。平らに見えるところも高低差はあるのだろう。水はそういう低いところを求めて水平移動するものらしい。

2014年4月8日火曜日

人口増

 十数年くらい前に、本屋でSFの文庫を選んでいて、興味を持ったが買うのを止めた本をやっぱり読んでみたいと思うが題名も作者もわからない。
 人口増のため、全員一週間のうちの特定の曜日だけ活動し、残りの六日間はカプセルの中で寝て過ごす。七分の一の人間が暮らしているのと同じことになる計算だ。七つの世界が同時進行しているが、それぞれ別の世界の人間と会うことはできない。
 異次元の世界が存在するSFや時間旅行をするSFがある。何かの関係で自分が生きている世界とは別の世界、時間に生きている人間と知り合っても、自分の世界に戻ると、相手が死んだわけでなくても、もう会うことはできない。
 何かの関係で別の曜日に生きている人間と知り合っても、やっぱり、相手が死んだわけでなくても、自分が生きている曜日に戻ったらもう二度と会うことはできない。
 設定を読んだだけで中身を知らないが、面白い設定だと思う。
 創元推理文庫のネットの図書目録で、J・G・バラードの短編集『時間都市』の中に「人口増加と居住スペースの話」があるのを知り図書館で借りた。結果、はずれだった。
 その短編集の中に、ノートに他人が死ぬことを書いたら、そのとおりに死んだ、という話があった。「最後の秒読み」だ。ネットの感想に「デス・ノート」の「ある意味元ネタ」の話があるとあったが、この作品のことかと思う。バラードの方は、ノートに力があるのではなく、書く人間に力がある。
 主人公はこの力を、自分の利益になるように使うことができない。邪魔者を消すことができても、その空いた席に自分が座ることができないからだ。ノートに書いたとおりに他人を死なせることができるという案は、誰が最初に使ったか問題になるほどの案でもないし、これだけなら誰が使っても問題ないように思う。
 推理小説で、連続殺人事件で犯人は襲われたが怪我をしただけですんだ人間だというアイデアはよく使われる。自分が最初に読んだのはヴァン・ダインで次にエラリークイーンの「Yの悲劇」でクリスティも何度も使っている。このアイデアは誰が最初に使ったかは重要でもないし、誰が使ってもよいものだと思う。
 自由に他人を死なせることができる力で自分の利益になることができるかを考えてみる。誰かを脅迫して自分の利益になることをやらせる。自分の正体を知られたら、こっそり暗殺されておしまいのような気がする。自分の力を誰かに信じさせ、かつ、自分の正体を知らせないようにすることができるか。「デス・ノート」ってどんな話だったっけと思う。

2014年4月7日月曜日

桜並木道(秋ヶ瀬公園)

 並木というときには、道や川の両側に木が並んでいないとダメなのか、片側だけでもよいのか迷う。
 桜並木は、両側に並んでいて花びらのトンネルのようになっているのがいい。
 川の場合は、橋の上なら両側から桜の花が重なるのを眺められるが、車が通る道だと道の真ん中には、そうそういられない。
 秋ヶ瀬公園内の桜並木はゆっくり見ていられるのがよい。
 
 

2014年4月6日日曜日

スキップ

 図書館に本を返しに行った。入り口前で小学校低学年くらいの女の子に追い越された。女の子はスキップをしていた。
 本を返して反対側の入り口から外に出た。小学校入学前くらいの男の子が図書館の自転車置き場の横をスキップしていた。
 子供って元気だな、と思う。大人になったら、無駄に同じ場所で二度跳ねたいとは思わない。
 子供の時のスキップしたくなる気持ちを思いだそうとして、心の中でスキップして見た。なんか気持ちが明るく浮き立つような感じだ。
 大人になったらスキップしなくなるのは、体力の問題より気持ちの問題だろうか。もしかしたら、宝くじで一億円あたって換金して家に帰るときにスキップしたくなるかも。
 少し前に公民館で映画を見た後、帰るときに階段でスキップしながら降りていく女の子に追い越された。すごい、自分が子供の時でもそんなことはしたことがない。これは、運動神経の問題だ。ただ、子供の頃、平地でもスキップがうまくできない男の子がいたのを思い出した。どういうわけか女の子でそういう不器用な子はいなかったように思う。

2014年4月5日土曜日

別所沼のかいぼり(サギ飛翔)

 4月4日、サギがきている。羽が灰色の大型のサギが二、三羽、純白の小型のサギも見える。
 シラサギの方は、用水路、川、田で度々見かける。ただ、別所沼では、あまり見掛けなかった。灰色のサギの方は、かいぼりを始めてからの別所沼で見るのが初めてだ。どこから来たのだろう。
 二羽のサギが羽を広げて沼の上を縦に飛んでいる。羽を広げると幅1.5メートルくらいはありそうだ。別所沼がせまく感じる。
 空は晴れているところと黒雲が入り混じり、沼は泥色、葉の落ちた大木、その中を灰色サギが窮屈そうに飛びまわっているのだから、少し怖い。
 空の様子もあやしいので早々に帰ることにする。武蔵野貨物線の上を通ると空がゴロゴロいっているのが聞こえる。かみなりかと思ったら、列車の通る音だ。と思ったらやっぱりかみなりだ。家に帰りついたところで雨が降ってきた。
 4月5日、青空に白い雲が少しかかっている。サギがまたきているか、もっとよく見ようと行ってみる。いつもいた水鳥が二羽ほどいるばかりだ。魚類飼育施設の横で花見客がシートを広げている。人が多くて鳥も恐れをなしたのかもしれない。
 

2014年4月4日金曜日

解雇権濫用法理と正当事由

 ジュリスト4月号の37頁を読んでいて、「しかし、そもそも、労働契約法16条はどこをどうみても「権利濫用法理」として規定されていることが看過されてはならない。」という文章を、ミスプリント?と思ってしまった。
 この筆者は、これまでの判例が4要素の検討によって濫用か否かを判断してきたとし、これを批判してもっと濫用を否定し解雇を有効と認めるべきという主張だ。
 民法の一般条項(民法1条3項)としての権利濫用は、濫用されてはいけないもので、個々の法律に条文化されたら、濫用と認められるケースは多くなることはあっても少なくなることはないのが常識だと思っていた。
 ところが、この文章を読むと労働法に条文化されたことによって、濫用と認められることは以前より減ると言っているように思え、すんなり読めなかった。
 続けて読むと「同法理自体、本来すぐれて規範的な概念であり、その点に鑑みれば、事案の特性に応じた柔軟な解釈が行われて当然であり」考慮要素は4要素に限られるものではなく、もっと「事案の特性に応じた柔軟な解釈」をするべきと言っており正論であるが、労働契約法に条文化されたこととの関係が不明だ。
 結局、これまでのやり方が、濫用法理に名を借りた実質「解雇には正当事由が必要だ」という判断になっていたことを批判し、これからは、本来解雇は有効、ただし濫用があれば解雇は認められないという、濫用の「本来」の使い方をするべきと言いたいらしい。それで条文がはっきりと「濫用」だと言っていることを見過ごさないようにという趣旨のようだ。そういえば、34頁の注2がついた本文で「事実上、いわゆる正当化事由説に近い運用がされている」と書かれている。
 これは、法理論より終身雇用制かどうかが大きいと思う。
 自分も新卒で就職したが、向いていないようで転職したかったが、辞めて就職しなおしても特別な才能も資格もなしだと、今の仕事より悪い条件の仕事しか見つからないと思い転職を思いとどまった。
 問題は今の仕事を辞めても、今と同等以上の仕事を簡単に見つけられるかどうかだろう。解雇を容易にすることとが転職を容易にするかは不明だ。少なくとも新卒者以外の求職者に対してやさしい世の中になってほしいものだ。
 旧司法試験の時代には、特別な才能や商才のない人にとって、弁護士資格をとるということは、新卒でよい就職ができなかった人にとっての敗者復活方の意味があった。
 ジュリスト4月号は、編集室メモにも意味がわからない文章がある。「桜の咲かない被災地の入学式」どういう意味だろう。
 自分は被災したことはないが、桜が咲いている入学式を経験したことはない。自分にとっては、数年前までは、「桜が咲いているゴールデンウィーク」だった。
 言いたくないが、東京が日本ではない。書いている人の常識が思わず現れ、読む人に意味がよく伝わらない点で共通しているように思った。

2014年4月3日木曜日

別所沼のかいぼり(廃船)

 4月3日、雨、最後に残った魚の捕獲が続けられている。見物人は一人、二人になっている。
 水が引けて朽ちたボートが一艘沈んでいたのが姿を現した。沈んだ時の状況は想像がつかない。
 傘が一本柄を真上に向けて開いたまま沈んでいた。こちらの方は状況の想像がつく。雨の日に傘をさして通りかかったら、強風に傘を飛ばされる。沼に落ちた傘の内側に水が溜まって沈み姿が見えなくなる。どのくらいの時間で沈んだのかはわからない。通行人は傘を諦めて濡れながら帰る。もしくは、信号を渡ってコンビニで新しい傘を買う。ちなみにコンビニの建物は現在店を閉めたままだ。
 水が引けても土が濡れているので、鏡のように樹木の姿を映している。水に映っているときと違い、色がなく暗い。
 今、桜は満開。桜の花びらが散って濡れた土を覆うところを想像してみる。
 別所沼公園の桜の様子
 

2014年4月2日水曜日

別所沼のかいぼり(深み)

 4月2日、一部を残し、全体的に底の土が現れた。だいたいが深さ一メートルくらいで思ったより浅かったという印象だ。
 四個のドラム缶も上に引き上げられていた。ドラム缶の近くの岸にあった機械装置が北東の角の水が残っているところに移されて稼働している。
 雨も降っていないのに、残された水面の表面にさざ波がたっているのは、魚が泳いでいるせいだろう。最後に残った魚を網ですくっている。体長20センチくらいの小さい魚だ。
 魚類飼育施設の塀に外来種と保存種の写真が貼ってある。自分が実際に見たのは大小のコイのようだ。
 高沼用水路と鴻沼川で見かけるのもコイのようだ。高沼用水路は底が浅いので、用水路脇を歩いていると、魚がたてる水音にびっくりさせられることがよくある。
 

2014年4月1日火曜日

桜(鴻沼川)

 4月1日、鴻沼川沿いの桜が満開になった。
 里見橋のところで下流をみたところ。
 
 里見橋の南隣の大榧橋で、上流をみたところ。正面に新都心ビル群が見える。
 
 大榧橋から下流をみたところ。正面に埼京線の線路の送電線が見える。
 
 大榧橋の別の見どころ。サザエさん、オバケのQ太郎、キン肉マン、ドラえもんの絵のタイル。