2015年1月22日木曜日

捕物(2)

 ポワロが真犯人を見逃すのは、「オリエント急行の殺人」だけだったように思う。ほとんどの事件の犯行動機が遺産(金銭)目的で、見逃す事情が全然ないからだろう。
 クリスティが書くものは、最後に意外な犯人と犯行トリックで読者を驚かせるのが特徴になっている。
 推理小説というものは、そういうものと思っていたが、ホームズを改めて読んでみると、最後の結末に驚かされる作品は数少ない。一番びっくりさせられたのは長編の「恐怖の谷」だった。この作品は二部に分かれているが、前半の部分は、特に意外でもなく、驚かされたのは後半の部分だ。
 ホームズの場合は、作者がことさら変わったトリックを考えだしたり、意外な犯人で最後にびっくりさせようとは思っていないようだ。探偵が調査を進めていくにつれて、探偵にも読者にも真相が徐々に明らかになるのがほとんどだ。
 日本で最初に書かれた捕物は「半七捕物帳」で、探索を進めるうちに徐々に真相が明らかになり、特に意外な犯人や変わったトリックで読者をびっくりさせようとはしていないのは、ホームズに似ているように思う。
 ホームズは、真相を世間に明らかにしないことがある。私人なので、内密にことを済ますことができるが、事件の発生が公になり警察沙汰になると隠しておくことはできないとも言っている。
 半七も事が表ざたになっていない場合に、見逃している場合がある。見逃す理由は、江戸時代の刑罰が重すぎて、この程度の事で何人もの命を奪うことはないだろうと思ってのことだ。
 「半七捕物帳」は、最後に関係者がどういう処罰を受けたかが書かれている。重い処罰ばかりだが、だいたいがやったことや生かしておくと将来的にやりそうなことに見合っている。
 ただ、江戸時代の刑罰は重いばかりと思っていたが、遠島になってもすぐに許されて戻ってきたり、江戸を離れればよいだけだったり、逃亡したらたいていそれっきりになるので、現在より重い一方ではないようだ。
 書かれた時代が半七よりも少し新しいのが「銭形平次捕物控」だが、平次は犯人を見逃すことが多い。それから、毎回、銭を投げているわけではない。犯人が見逃されるような事件では、たいてい銭は飛ばない。

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