2016年4月25日月曜日

青春の門

 「青春の門」の第一部から第七部まで、一気に通し読みをした。初めて読むはずなのに、第七部だけ読んだ記憶がある。あれこれ考えあわせて、北海道新聞の連載小説で読んだという結論になった。
 場所が江差町と函館市で、江差追分と北方領土問題が出てくる。第三部は函館市と札幌市が舞台になっている。
 第八部は単行本化されておらず、未完になっているらしい。主人公は30歳になるまでは、自分のやりたいことを探して生活の安定は求めず、30歳までに見つからなければあきらめるつもりでいる。昭和9年(1934年)生まれで、第七部が1961年で終わっている。
 30歳になって、自分が一生かけてやり続けたいことを見つけて、小説が終わるのだろうか。
 作者本人はどうなのだろう。主人公が求めていたものを得たのだろうか。作者が80歳を超えても、小説が完結していないのは、一生かけても結論が出ない題材を選んでしまったからじゃないだろうか。
 
 

2015年12月17日木曜日

市民の森

 久しぶりに市民の森に行った。
 大宮第二公園から市民の森に向かって見沼緑道を歩き、改めて「いいな」と思う。
 

 ただ、残念なのは、鉄道線路を越えるときに、迂回しなければならないが、そこが住宅地化して開けてしまったこと。文字通り、開けてしまい見通しがよくなりすぎてしまった。
 
            
 以前は、こんな感じだったので、見沼緑道と違和感がなかった。
 市民の森につくと、リスの家が工事中のようだった。別所沼公園の浦和うなこちゃんは行方不明中で、変わらないようでいろいろ変化がある。
 

2015年11月28日土曜日

帆船

 三橋総合公園に、久しぶりに行ってみた。
 木製遊具がある広場に帆船の遊具があった。以前、来たときにまったく気付かなかったのが不思議だ。
 自分が子供のときに、近所にあったらよかったのにと思う。

2015年11月13日金曜日

動脈硬化度

 11月11日、たまたま浦和駅東口に行ったら、無料健康診断のパンフレットをもらった。検査項目に動脈硬化度があったので受けてみた。
 実年齢とぴったり一致した。がっかりした。実年齢が若くないので、血管が年をとっていることになり、心配だ。
 血液検査でコレストロールが高めと出ているので、運動と食事の改善が必要だと一層思う。
 置いてあるパンフレットを家でよく見ると介護老人保健施設の案内だ。特養、ケアハウス、グループホーム、有料老人ホームは聞いたことがあるが、この施設名は聞いたことがなかった。簡単に言うとリハビリをして家に戻すための施設で、死ぬまで暮らすための施設ではない。
 11月11日は「介護の日」だから、この日にこの行事が行われたらしい。これからも動脈硬化度を調べてみたいので、毎年実施するのかわからないが、この日は覚えておこうと思う。

2015年10月19日月曜日

つながった

 常盤緑道を歩いていて、今年の夏、「とうとう、つながった」と思った。
 途中で武蔵野貨物線と交差するが、その線路がコンクリートの壁に覆われていて、壁には蔦が這っている。
 左右から茎が伸びてきて、その間が開いていた。その様子が左右から手を差し伸べているようで、ミケランジェロの天地創造を連想させた。
 その指先がとうとうつながったのだ。
 秋になって葉が落ちてきて、茎の状態がよく見えるようになった。今では、どこがつながった部分か、わからないくらいだ。今度は血管網のようだと思う。
 

2015年10月17日土曜日

流れる

 幸田文の「流れる」のなかに、朝布団から起きるときの動作の描写がある。
「・・片手を力にすっと半身を起すと同時に膝が縮んできて、それなり横座りに起きかえる。」
 その後、座った状態から立ち上がる動作がわからない。文中の次の動作が「すうっと蒲団のあいだへ手を入れると、二ツ折りの古風な懐中時計をひらいてほつれ毛を撫でつける。」とあるので、ここまでは、まだ座ったままなのだろう。
 子供のころ浴衣を着たが、大人になってはじめて着物を着てみて、座った状態からどうたち上がればいいかわからない。
 すそを乱さず、すねが出ないように、おしりを突き出さないように立とうとするとそうとうの筋力がいる。両手にお盆を持ったまま立ち上がることなど到底無理だ。
 着物は洋服と違って着物自体のデザインの違いはほとんどない。体の線もあまり出ない。いままで、着物は模様だけの勝負かと思っていたが、立ち居振る舞いで他人と差がつくようだ。
 

2015年9月23日水曜日

新都心のモニュメント

 新都心のモニュメントは全部知っていると思ったら、今まで気付かずにいたのを見つけた。
 車道横の歩道から階段ではなく緩い傾斜の通路で上の連絡通路に上がれるところがある。最近、足を怪我して階段をなるべく避けるようになったので、歩いてみる気になった。その途中の蛇行した通路にある。今まで、まどろっこしい感じがして、歩いたことがなかったので、気付かなかったようだ。
 ちなみに、月のひろばにエレベーターがあるが、以前休日に利用しようとしたら動いていなかった。官庁の来客用ということらしい。
 豚の鼻の穴を連想する、妙に愛嬌がある形だ。
 

いせさき手織絣

 羽織の縫い方の本に、柄合わせの仕方が図入りで説明されていた。それによると、自分が縫った着物の模様の上下が伝統的な方法と違っていた。
 着物は柄の上下が前と後ろで逆になる。自分で考えて上下が互い違いになったほうがよいと思った。これは正解だったが、前身頃とおくみは互い違いにせず同じ向きにするのが伝統的方法なのに、自分はこれも互い違いにしてしまった。
 身頃の裏表を逆にすると本に出ているようになおせる。自分が縫った布地は眼で見て裏表の区別がつかないので、可能だが、すぐにはやり直す気にならない。ほどいて洗って縫いなおすときには、本に出ているとおりにやってみようと思う。
 布の裏表が同じになるのは、糸をあらかじめ織りあげたときに模様になるように染め分けているからだ。
 手順を考えてみると、かなり手がかかっていると思う。でも、普段着なので着物にしては、安かった。30年くらい前に買ったので、今でも作られているのか、同じくらいの値段か気になる。
 ネットで見たら、産地が東武伊勢崎線の終点の伊勢崎市だと気付いた。

2015年9月20日日曜日

着物と羽織

 母親が、長年ため込んでいたものを整理していたら、30年くらい前に買った着物と羽織のアンサンブルの反物が手つかずで、でてきた。
 私が、母親の付き合いで買わされたものだ。仕立ててから渡すと言われたものが、それっきりになっていたらしい。
 図書館で縫い方の本を見ながら縫った。羽織のほうは、裏なし、そで口は三つ折りしてまつい、まちをつけずに簡単にして縫ったので、着物とあわせて一週間ぐらいで縫えた。
 方法は簡単だと思ったが、襟の所は、技術的に難しく感じた。
 羽織の襟は、数枚も重なりあい、仕立てたままで洗濯したら、季節によっては、乾くまでにカビが大量発生しそうだ。洗い張りする理由はこんなところにもあるのだろうか。
 着物は家の中で気楽に着ると、利点が多い。まず、体温調節が楽だ。それに、脱ぎ着の際に足をあげなくてもよいのが楽だ。
 これは、年をとって気付いたことだ。
 着物に限らず、食べ物も年をとって、そのよさに気付いたところが、いろいろある。日本文化は年寄り文化のように感じる。

2015年9月3日木曜日

小物入れ

 最後に残ったビーズを使って、鍋つかみを小物入れにした。
 作りながら考えたらこうなった。子供のころ祖母の東京みやげにもらった首飾りの桜の花びらのビーズをとうとう作品化できた。
 祖母が東京に行くときに見送りに行ったのを覚えている。当時、青函連絡船の出港の際に紙テープを投げていた。来年の春には、新幹線が走るのだと思うと感慨深い。
 ビーズの形がよくわからないので、角度を変えて写した。