2015年9月23日水曜日

新都心のモニュメント

 新都心のモニュメントは全部知っていると思ったら、今まで気付かずにいたのを見つけた。
 車道横の歩道から階段ではなく緩い傾斜の通路で上の連絡通路に上がれるところがある。最近、足を怪我して階段をなるべく避けるようになったので、歩いてみる気になった。その途中の蛇行した通路にある。今まで、まどろっこしい感じがして、歩いたことがなかったので、気付かなかったようだ。
 ちなみに、月のひろばにエレベーターがあるが、以前休日に利用しようとしたら動いていなかった。官庁の来客用ということらしい。
 豚の鼻の穴を連想する、妙に愛嬌がある形だ。
 

いせさき手織絣

 羽織の縫い方の本に、柄合わせの仕方が図入りで説明されていた。それによると、自分が縫った着物の模様の上下が伝統的な方法と違っていた。
 着物は柄の上下が前と後ろで逆になる。自分で考えて上下が互い違いになったほうがよいと思った。これは正解だったが、前身頃とおくみは互い違いにせず同じ向きにするのが伝統的方法なのに、自分はこれも互い違いにしてしまった。
 身頃の裏表を逆にすると本に出ているようになおせる。自分が縫った布地は眼で見て裏表の区別がつかないので、可能だが、すぐにはやり直す気にならない。ほどいて洗って縫いなおすときには、本に出ているとおりにやってみようと思う。
 布の裏表が同じになるのは、糸をあらかじめ織りあげたときに模様になるように染め分けているからだ。
 手順を考えてみると、かなり手がかかっていると思う。でも、普段着なので着物にしては、安かった。30年くらい前に買ったので、今でも作られているのか、同じくらいの値段か気になる。
 ネットで見たら、産地が東武伊勢崎線の終点の伊勢崎市だと気付いた。

2015年9月20日日曜日

着物と羽織

 母親が、長年ため込んでいたものを整理していたら、30年くらい前に買った着物と羽織のアンサンブルの反物が手つかずで、でてきた。
 私が、母親の付き合いで買わされたものだ。仕立ててから渡すと言われたものが、それっきりになっていたらしい。
 図書館で縫い方の本を見ながら縫った。羽織のほうは、裏なし、そで口は三つ折りしてまつい、まちをつけずに簡単にして縫ったので、着物とあわせて一週間ぐらいで縫えた。
 方法は簡単だと思ったが、襟の所は、技術的に難しく感じた。
 羽織の襟は、数枚も重なりあい、仕立てたままで洗濯したら、季節によっては、乾くまでにカビが大量発生しそうだ。洗い張りする理由はこんなところにもあるのだろうか。
 着物は家の中で気楽に着ると、利点が多い。まず、体温調節が楽だ。それに、脱ぎ着の際に足をあげなくてもよいのが楽だ。
 これは、年をとって気付いたことだ。
 着物に限らず、食べ物も年をとって、そのよさに気付いたところが、いろいろある。日本文化は年寄り文化のように感じる。

2015年9月3日木曜日

小物入れ

 最後に残ったビーズを使って、鍋つかみを小物入れにした。
 作りながら考えたらこうなった。子供のころ祖母の東京みやげにもらった首飾りの桜の花びらのビーズをとうとう作品化できた。
 祖母が東京に行くときに見送りに行ったのを覚えている。当時、青函連絡船の出港の際に紙テープを投げていた。来年の春には、新幹線が走るのだと思うと感慨深い。
 ビーズの形がよくわからないので、角度を変えて写した。


2015年9月2日水曜日

無趣味のすすめ

 図書館で「無趣味のすすめ」という題名を読み、退職した人に趣味を持てというのはよく聞くので、それを否定する生き方とはどんなものかと思い立ち読みした。
 「基本的に趣味は老人のもの」とある。老人は完全に対象外の本らしい。短文の随筆集で、冒頭の一遍を読んだだけで読む気がなくなり、借りるのを止める。
 読書が趣味という人は多いが、老人を対象読者とする本は少ない。老人だっていろいろ人生に思い悩み本に助けを求める人は多いと思う。
 老人でなくても働く必要がなく、多くの時間を趣味に費やすことができる人で、成果品が残る趣味を持っている人は、その成果品をどうしているのだろうか。
 働いていて、その余暇に趣味をやっている場合は、自分で使う分で消費できる。
 自分や家族で使っても余る場合、知り合いや友人にプレゼントする人は多いと思う。しかし、たいていの場合、もらった人は迷惑していると思う。
 時間がたくさんあると、作る量を必要な量に合わせるのは難しい。この問題について、ほかの人はどう解決しているのだろうか。
 完成に時間が多くかかる大作に取り組めばよいようなものだが、完成したときの達成感は、当分お預けになる。

2015年8月30日日曜日

鍋つかみ

 鍋つかみを新しく作った。
 鍋つかみが必要というよりも、使っていない刺繍テープとビーズを整理するために、これだけ作ってしまった。
 鍋つかみというと大きな手袋状のものが一般的なようだが、これは、直径16センチの円形のもの。これで十分用が足りるし、作るのが簡単で場所をとらない。

2015年7月31日金曜日

セミ

 朝、散歩のため家を出ると大きなセミが階段の手すりに止まっていた。
 「もうすぐ、秋」と思う。自分には、セミのイメージは盛夏ではなく「夏の終わり、秋の訪れ」だ。
 ここのところ、あまりの暑さに早朝に散歩することにした。5時から7時半の間の時間帯だ。朝早いので、別所沼公園は人が少ないだろうと思ったら、公園から大勢の人が列を作って出てきたので驚いた。どこかのグループの何かの催しかと思った。
 次に、公園に入ったらラジオ体操をしているところだった。北側の遊具がある場所は人がいっぱいで、その外側にも人が広がっている。
 今日、公園についたら、これからラジオ体操が始まるところらしく、人が集まりだしている。何かが始まるのを待つ期待感と緊張感が漂っている感じがいい。
 終わったら、一度にたくさんの人が公園から出て行くのだろう、早朝散歩の初日に見た人の行列の謎が解けた。
 沼の周りを歩いていたら、噴水が噴出した。噴き出す瞬間を始めてみた。ラジオ体操の開始時間に噴水も始まるのかもしれない。
 今日は、木の周りに人が集まっている。何かとのぞいてみたら、セミの抜け殻らしい。50センチ×1メートルくらいのところにびっしりセミの抜け殻が列になってついているように見える。となりの木には一匹だけついている。行列になっているのは、誰かが集めてそこにつけたのか、実際に集まって並んで羽化したのか、どっちかわからない。
 いままで、何度も公園に行っているのにセミの抜け殻を初めて見た。時間帯を変えると、まだまだ新しい発見がある。帰るとき、セミの大合唱に気付いた。改めて、秋に近付いたと思う。

2015年7月9日木曜日

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

 読み直して、セドリック・ディゴリーとチョウ・チャンがクィディッチのシーカーとしてハリーと対戦しており、炎のゴブレットでいきなり登場したのではないことがわかった。
 シリウスがどうやって脱獄したのかも忘れていた。吸魂鬼の目が見えず囚人の姿が変わってもわからないという点が、炎のゴブレットの前振りにもなっていた。
 ロンのペットのフクロウがシリウスからの贈り物だということと、シリウスからの手紙をバーノンおじさんに見せておじさんをビビらせたということもわかった。
 一度読んだはずだが、全然覚えていなかった。これからあまり思いださないようにしようと思う。そうしたら、また楽しむことができる。

2015年7月8日水曜日

ハリー・ポッターと秘密の部屋

 改めて読み直して、細かい点にいくつか気づいた。
 第3章「隠れ穴」でジョージが「だけど家にいるのは、やかましい屋根裏お化けと庭に巣食ってる小人だけだもんな」と話していて、ロンは「僕の部屋、屋根裏お化けの真下だし。あいつ、しょっちゅうパイプを叩いたり、うめいたりするんだ」と話している。ここで既にウィーズリー家に屋根裏お化けが登場していることは、すっかり忘れていた。第12章「ポリジュース薬」では「彼の妻は記者団に対し、『とっとと消えないと、家の屋根裏お化けをけしかけるわよ」と発言した」と出てくる。
 第8章「絶命日パーティー」では、ピーブズが「ほとんど首無しニック」に焚きつけられて「姿をくらます飾棚」をフィルチの事務室の真上に墜落させて壊す。飾棚がいつどうやって壊れたかが書かれていたことは、全く覚えていなかった。
 第9章「壁に書かれた文字」では、ロンがクモ嫌いになった理由が書かれている。ロンが三つのとき、フレッドのおもちゃの箒の柄を折ったので、フレッドがロンのテディ・ベアをバカでかい大蜘蛛に変えた。「熊のぬいぐるみを抱いているときに急に脚がニョキニョキ生えてきて」想像して見ると蜘蛛に対して克服できない恐怖をもつようになったのも当然と納得できる。
 いままで、ロンを少し弱虫だと思っていて申し訳ないように感じる。
 

2015年7月6日月曜日

みぞの鏡

 「ハリー・ポッターと賢者の石」を読み、最初に読んだ時に気づかなかったことに気づいた。
 「みぞの鏡」の名前の意味がわかった。「みぞ」の「鏡」だと思い、どうして「みぞ」なのだろうと思っていたが、「のぞみ」を逆読みして「みぞの」鏡になるのだとわかった。鏡の枠に字が彫ってあり、それを逆向きに読むと意味が通じるところから気づいた。
 ハリーが最後にベットに寝ているときに、ロンの双子の兄からトイレの便座を送られる。読んで一日たっただけなのに、何の冗談かもう忘れている。わざわざ探して、第6章「9と3/4番線からの旅」でジニーに言った冗談だとわかった。