2014年8月31日日曜日

御嶽社の井戸

 今年の正月に母と与野七福神巡りをした。与野七福神の一つの御嶽社で、井戸の再建のために寄付した人の名前が刻まれると聞いていたので、どうなったのか見に行った。
 井戸の横に板が設置され、そこに名前を書いた木札が打ちつけられている。札は、出欠を示す名札と同じくらいの大きさだ。
 母の名前は上段の右から数人くらいの場所にあった。朝早かったので、早い順番になったのだろう。
 最後にもう一人札を置けるスペースがあった。丁度きりのいい人数にならなかったようだ。「自分も寄付しておけば、全部埋まったな」と思う。
 
 

2014年8月29日金曜日

与野中央公園整備(鳩)

 8月28日夕方、与野中央公園予定地横の高沼用水路西縁沿いの遊歩道を歩いていたら、突然耳の後ろで鳥の羽ばたきの音がした。
 振り返って見たら、鳩だった。鳥の巣の近くを通ると襲われるという話を思い出し、あたりを見渡したが、鳥の巣がありそうな木が見当たらない。
 不思議に思いながら歩きだしたら、また耳の後ろでせわしなくパタパタする音と気配を感じる。小走りに逃げる途中、横の方の様子が目に入った。きれいに草が刈られていて、刈られた場所の上を数羽の鳩が飛びまわっている。
 それまで、そのあたりで鳩に気づいたことはなかったので、夜だけ寝にきていたのだと思う。
 少し離れて同じように草が刈られているところがあり、そちらの方は、鳩より小さく、雀よりは大きそうな鳥が十羽ほどやっぱり上を旋回している。
 ただの草むらかと思っていたら鳥のねぐらだったとは。突然家がなくなってびっくりしたろうにと思うと、哀れだ。
 それにしても、やっぱり鳩は平和の象徴だと思う。過去に二度カラスに襲われたことがあるが、こちらは二度ともいきなり後ろから頭にぶつかってきて、だれかに殴られたのかと思った。後ろからなので、カラスのどの部分があたったのかわからないが、まさに、肉弾攻撃という感じ。それにひきかえ、鳩の方は身体の近くでパタパタするだけだった。攻撃ではなく威嚇したのだろう。

2014年8月24日日曜日

ベイズの定理(2)

 ベイズの定理の説明で使用されている事例は、アメリカで実際にあった事件で裁判になっている。
 女性が道路で突然後ろから突き飛ばされ、ショッピングバッグの上に載せていた財布を奪われる。
 その直後、被害者の女性は走り去る女性を目撃、近くに住む男性が、自宅の庭で、叫び声のする方から女性が走ってきて男性が待つ自動車で走り去るのを目撃する。
 犯人として捕まった女性と男性は、結婚したばかりの金髪の女性(白人で事件当日ポニーテール)と黒人男性(ひげをはやしていて当時無職)だった。近所の男性が目撃したカップルと同じ特徴を持っていて、男性は事件があった翌日に、被害金額とほぼ同額の交通反則金を支払っている。お金の出所は女性は家政婦の仕事で得たと言い、男性は賭けごとで得たと言っているが、当時二人はほとんどお金を持っていなかったはずだということがわかっている。事件当日、女性が事件現場近くで家政婦の仕事をし、夫の男性が運転する車で帰ったことを雇い主が証言している。
 検察官は当時(1964年)、白人女性と黒人男性のカップルが少なく、他の犯人の特徴とあわせて、同じ特徴を持つカップルの少なさから、被告人が犯人であることを立証しようとした。
 犯人でもないのに犯人と同じ特徴を持つことの確率の低さから被告人が犯人である確率が高いことを主張している。
 ところが、ベイズの定理を使うと、こうは簡単にいえないことがわかる。前者と後者を足すと1(100パーセント)なら、前者が低いほど後者が高いが、両者の関係はそうはなっていないことがわかる。今問題になっている犯人であることを示す証拠を考慮しない場合の犯人である確率によって、その証拠によって犯人であることの確率が影響を受ける。
 検察官の主張は、その証拠を除いて被告人が犯人である確率を二分の一、五分五分であることを暗黙の前提とした主張になっている。
 裁判は二人とも有罪となったが、男性のみ上訴し、上訴審では原判決を破棄し原審に対して事実審理のやりなおしを命じている。
 ジュリストの筆者は、裁判官も逆に被告人が犯人であることを示す他の証拠を無視しているので、確率の話としては誤っていると書いている。
 その他の証拠と言うのは出所不明のお金を事件後被告人が所持していたという事実だ。
 ただ、若い女性が夫にも世間にも知られたくない方法でお金を手に入れるのは、それほどあり得ないこととも思えない。女性が他の犯罪方法(たとえば家政婦の仕事先で財布から少しずつお金を抜き取るとか)で入手した場合でも、お金の入手方法の不明さについては充分納得のいく説明がつく。
 さらに、この件は、被害者の目撃した女性と近所の男性が目撃した女性が同一人物で犯人であることを前提としているが、ベイズの定理の説明として使うだけのものとして考えずに、実際に二人が犯人かどうかを考えると、この前提はそれほど確実か疑問だ。近所の男性が目撃した二人が被告人夫婦であるのはほぼ間違いなさそうに思うが、そうであったとしても被告人夫婦が犯人であったか疑問だ。
 また、女性が有罪だとしても男性は無罪である可能性も高いと思う。
 女性が待っている男性のもとに行く途中に犯行に及んだ場合で、女性が自分のしたことを終始男性に話しておらず、男性も女性の無実を信じていたら、男性の方には何の犯罪も成立しないだろう。
 その点で、女性の雇い主が事件があった日に現実に女性が男性の車に乗り込むところを見ているのか、女性の話や他の日の経験も合わせて証言しているのか気になる。いったん車に乗り込んでから、車を降りて、その後走って車に乗り込んだのなら、女性が犯行を行ったことと事前共謀があったのは確実だろう。
 自分が陪審員だったら非常に迷うだろう。裁判にでた事実をもとにしたとしても、弁護人が主張してもいない推論に基づいて無罪にするのも迷うし(結局検察官が有罪立証に失敗したとして割り切るか?)、検察官が明らかにしていないことについて、もう少し調べたら、事実が明らかになって有罪と確信できるのにと思っても、自分の疑問に基づいて追加調査をしたり、自分が尋問できるわけではない。
 結局、上訴審の裁判官は、確率論としては間違いを犯していたとしても、裁判官としては間違っていなかったのだろうと思う。
 

2014年8月23日土曜日

ベイズの定理

 論究ジュリスト2014年夏号を読んでいたら、ベイズの定理が紹介されていた。犯人が有する特徴と同じ特徴を持つ被告人が犯人である確率についての話だが、簡単にまとめるとその特徴を有する確率だけを問題にしてもダメで犯人であるかどうかの確率は、他の証拠による犯人であることの確率も合わせて考えなければダメという話だと思った。
 最後の例題を読んで、NHKの『ハードナッツ』で刑事が病気に罹患しているかどうかについて主人公が話していたのは、このベイズの定理を使ったのだと気づいた。
 テレビを見ていた時は、主人公の説明はすぐには理解できなかったが、見終わって、改めて自分で考えて見ると、検査で病気だという結果が出て、その検査の精度が高くても、間違いの可能性もあり、そもそも病気になる確率がものすごく低いので、検査結果が間違っていた方の人間のグループに入る確率は、意外と高いだろうということは理解できた。ただ、数式までは考えつかなかった。
 それにしても、『ハードナッツ』の第一回目は、再放送を見ようと思っていたら、中止になり、もう放送しないのかと思ったら、最終回の直前の夜中に再放送をしていたのを、最終回を見終わってから気づいた。どうして最終回の前の回の放送の時にでも再放送の宣伝をしないのかと思う。(それとも自分が見逃したのか)
 シャーロック・ホームズの人形劇も7時のニュースをたまたま見ていて放送するのに気付いた。HPに載せていたって、いつそのHPを見たらいいのか、そんなにしょっちゅうチェックするほど暇な人はいないだろうにと思う。

2014年8月20日水曜日

バットレス構造のダム

 DVD『水の旅路 坂東太郎物語』第二章、第二十話「片品川」にバットレス構造でつくられた丸沼ダムが出てくる。ダムを見た瞬間、見たことがある気がするだけでなく懐かしさを感じる。丸沼ダムを見るのは初めてなので、函館の赤川にあるダムに似ているからじゃないかと思う。そのダムは、子供の頃炊事遠足や春の遠足などで何度も見たことがある。調べると笹流ダムという名前でバットレス構造のダムとしては、日本で最初に作られたダムだった。そんなすごいダムとは知らなかった。
 今まで赤川水源地のダムとしか言ったことがなく、川の名前が笹流というのも今初めて知った。赤川は川の名前ではなく地名だった。

2014年8月15日金曜日

レンズの曇り

 冷房が効いた建物から外に出た瞬間、眼鏡のレンズが曇った。
 北海道の冬なら、寒い戸外から温かい建物に入った瞬間、よくあることだ。夏に、埼玉でレンズの曇りを経験するのは初めてなので意外だった。
 次に思ったのは、いままでどうして曇らなかったのかということ。多分、湿度の問題なのだろう。八月の上旬には珍しく、ぐずついた天気だった。
 

2014年8月14日木曜日

暑中見舞い

 暑中お見舞い申し上げます。
 といっても暑さのピークは過ぎたようだ。
 8月に入って蝉の鳴き声に気づき、道路に死んだ蝉がころがっているのを見て秋が近づいたのを感じた。
 蝉の季語は夏らしいが、埼玉で初めて蝉の鳴き声のすごさを知ったのが9月だったせいか、蝉の鳴き声がすると「もう秋」という感じになる。
 食欲不振で夏バテしないための献立というのをテレビで見て、暑くて食欲がなくなった経験がないので、夏バテとは無縁かと思っていたら、今年は、暑くて疲れたので胃腸の働きが衰えたためか、急に吐き気がして吐いたり下痢をした。その後も消化不良気味だ。こういうのが夏バテかと思う。
 最近、埼玉にも水族館があるのを知った。利根川の東遷で最初に話が出る会の川の締切があった場所の近くらしい。水はどうするのかと思ったら、海の魚の水族館ではなく川の魚の水族館のようだ。
 体長一メートルくらいの鯉が見られるらしいが、それなら別所沼のかいぼりでたくさん見たので、残念ながら今ではあまり珍しくない気がする。
 会の川の締切の場所はどこだろうと思ったら、川俣締切阯というものがあるのがわかった。川俣締切阯の場所は、国道122号線が利根川を超える昭和橋の西側にある。東側には道の駅がある。秩父鉄道の新郷駅からなら歩いても行けそうだ(二km を少し超えるくらい)。グーグルの地図でも見える。
 実際に行ってみるのは、もう少し涼しくなってからの方がいいだろう。

2014年7月27日日曜日

痛いくらい

 沢木耕太郎著『深夜特急」、第二便281頁、イランでペルセポリスの遺跡に行く。
「空は恐ろしいくらいに蒼く、陽差しは痛いくらいに強い。」と読んだところで、「さいたまは実際に日差しが強くて肌に痛みを感じるぞ」と思い、さいたまの方がすごいんじゃないかと思う。
 しかし、陽射しの強さは、痛みを感じる程度だという意味で「痛いくらい」と書いているのなら、実際に痛みを感じているのかと思う。(ひざしと打っても陽差しに変換しない理由はわからない)
 でも「空は恐ろしいくらいに蒼く」のところは、実際に恐ろしく思っているわけではないのは確かだと思う。それに「泣きたいくらい」という場合は、たいてい実際には泣いていないと思う。でも、このくらいの大きさと手で示したら、実際にその大きさだろう(逃がした魚は大きいという場合もあるが)。
 「泣きたいくらいだった」とか「吐きたいくらいだった」と書かれると、実際に泣いたり吐いたりはしておらず、その一歩手前と言う感じを持ち、実際にそういった状況で泣いたり吐いたりしたことのある人間が読むと、筆者の意図とは逆に「なんだ、それくらいのものだったのか」と思ってしまう。それともその違いは状況の程度の違いではなく、その人間の強さの違いだろうか。「死にそうなくらい辛かった」なんて書かれると同情する気持ちより反発する感情が湧くのも、「でも、死ななかったんだよね」と思ってしまうからかもしれない。つまり、結局大したことなかったのを大げさに言っているのか、自分は頑張ったという自慢かと思ってしまうのだろう。
 続いて「二千五百年分の陽光を吸いこんだ巨大な石畳からは、めまいのしそうな熱気が立ち昇ってくる。」を読んで実際にめまいがしたのかしないのかはっきりしろと少しイラッときた。自分は低血圧のせいか自律神経失調症のせいか栄養不良のせいか運動不足のせいかわからないが、身体がふらっとして立っていられず座り込んだり、目の前が真っ暗になって何も見えなくなることが実際にある。
 「二千五百年分の陽光を吸いこんだ」を読み、丸太造(時間が経つと乾燥と荷重によって縮み、下がるので建具の間に隙間を作っておくらしい)やコンクリート造(最初は水分が出るらしい)は新築かどうかで違いがあるらしいが、石と言うのは建築年で陽光の熱の放射について、物理的に違いがあるのだろうかと思う。それに天然石なら新しい建物でも、建物になる前に別の場所で日差しをあびているかもしれないじゃないかと思う。
 結論として「二千五百年分の陽光を吸いこんだ」は状況を客観的に正しく伝えるための修飾ではなく(二千五百年前に建てられたらしいという情報は得られるが)、筆者の感傷を含んだ文学的修辞だと思う。
 それが悪いというのではなく、なんだか「らしくない」と感じた。
 『旅する力 深夜特急ノート」の44頁に「ボクサーがトレーナーからシャープでストレートなジャブを打てと言われつづけるように、私も太田氏にセンテンスを短くしろと言われつづけた。過剰な修飾語を排せ。修飾したければ修飾語でなく前後のセンテンスで説明しろ」と書いている。
 同感だ。
 改めて読むと、「二千五百年分の陽光を吸いこんだ」は「巨大な石畳」を修飾しているだけで、それが発する熱気の強さと客観的に関係があるとまでは言っていないのかもしれないと思う。だったら一つの文章にせず、二つに分けた方がいいんじゃないかと思う。
 
 

2014年7月24日木曜日

深夜特急

 沢木耕太郎著『深夜特急』第一便第六章「海の向こうに」のなかで、一日で会社を辞めた理由を考え、偶然始めたルポルタージュを書くという仕事が意外なほど面白かったと書いている。
 そこでアメリカのハードボイルドの小説に出てくる私立探偵の言葉を引用している。
 「私は、人々の生活の中に入り込み、また出て行くのが好きなのです。一定の場所で一定の人間たちと生活するのに、退屈を覚えるのです」
 著者が会社に残ったとしても、「一定の場所で一定の人間たちと」仕事をしたり遊んだりする生活を送ることはできなかっただろうと思う。家族とずっと生活することができたかも疑問だ。大きな組織には転勤もあれば人事異動もある。会社を辞めなくても異動によってガラッと仕事の内容が変わることもある。転勤先で知っている人間が一人もいないことも珍しいことではないだろう。むしろ個人事業主の方が、一定の場所で一定の人間とずっと関わっていられ、同じ種類の仕事をし続けることになるのではないかと思う。
 そして、普通の人は、一時的に別の人生を体験したいと思って小説を読んだり映画を見たりするのだろう。ところが、小説の中の設定が自分の人生より退屈でつまらない場合がある。今の日本を生きる主人公の場合はたいていそうだ。プロの小説家は社会人生活もなしに小説家になることが多いのだから、特別な職種の普通の人が知らない生活を知っているわけがないので、あたりまえかと思う。
 その点、昔の外国の小説は、普通の人の普通の人の生活を書いていても、知らないことだらけで刺激的だ。ただ、当然読者が知っているだろうことはわざわざ書かないが、こっちは、それを知らないので、よく理解できないところも出てくる。この点は、いろいろ推理したり推測する楽しさがある。

2014年7月23日水曜日

住宅カプセル

 平成26年7月、北浦和公園の横を歩いていて、住宅カプセルの壁が殺風景な白一色なのを見て違和感を感じた。
 外壁に絵があったように思ったが、反対側だけだったろうかと思い、公園の中に入り反対側も見た。こちらも白一色だ。
 初めて見た時に仮設トイレを設置したのかと思ったが、外壁が白一色になると更にその感が強まる。
 どうして、白く塗りつぶしたのかはわからない。以前に撮った写真を探してみた。公園の側の壁が映っているものしか、見当たらなかったが、反対側がどうなっていたか思い出せない。建物が取り壊された空き地を見て、どんな建物が建っていたのか思い出せないのと一緒だ。
 実家に帰って、久しぶりに見る町はどんどん変わっている。故郷に拘る人がいるが、何に拘っているのだろうと思う時がある。自分の子供のころと違う町に住んでいるという点では、よそに移っても程度の違いにすぎないように思うからだ。
 同窓会には出ない主義だ。昔あんなに親しかった人が、今はそうではなくなったのを感じるのがいやだからだ。思い出を下手に変えたくないという気持ちだ。
 将来もずっと会い続けたいと思う人とは、変化をあまり感じずにすむように、合わないまでも近況を伝えあうくらいの関係は続けていたいと思う。
 平成24年5月に撮影した写真