2014年8月24日日曜日

ベイズの定理(2)

 ベイズの定理の説明で使用されている事例は、アメリカで実際にあった事件で裁判になっている。
 女性が道路で突然後ろから突き飛ばされ、ショッピングバッグの上に載せていた財布を奪われる。
 その直後、被害者の女性は走り去る女性を目撃、近くに住む男性が、自宅の庭で、叫び声のする方から女性が走ってきて男性が待つ自動車で走り去るのを目撃する。
 犯人として捕まった女性と男性は、結婚したばかりの金髪の女性(白人で事件当日ポニーテール)と黒人男性(ひげをはやしていて当時無職)だった。近所の男性が目撃したカップルと同じ特徴を持っていて、男性は事件があった翌日に、被害金額とほぼ同額の交通反則金を支払っている。お金の出所は女性は家政婦の仕事で得たと言い、男性は賭けごとで得たと言っているが、当時二人はほとんどお金を持っていなかったはずだということがわかっている。事件当日、女性が事件現場近くで家政婦の仕事をし、夫の男性が運転する車で帰ったことを雇い主が証言している。
 検察官は当時(1964年)、白人女性と黒人男性のカップルが少なく、他の犯人の特徴とあわせて、同じ特徴を持つカップルの少なさから、被告人が犯人であることを立証しようとした。
 犯人でもないのに犯人と同じ特徴を持つことの確率の低さから被告人が犯人である確率が高いことを主張している。
 ところが、ベイズの定理を使うと、こうは簡単にいえないことがわかる。前者と後者を足すと1(100パーセント)なら、前者が低いほど後者が高いが、両者の関係はそうはなっていないことがわかる。今問題になっている犯人であることを示す証拠を考慮しない場合の犯人である確率によって、その証拠によって犯人であることの確率が影響を受ける。
 検察官の主張は、その証拠を除いて被告人が犯人である確率を二分の一、五分五分であることを暗黙の前提とした主張になっている。
 裁判は二人とも有罪となったが、男性のみ上訴し、上訴審では原判決を破棄し原審に対して事実審理のやりなおしを命じている。
 ジュリストの筆者は、裁判官も逆に被告人が犯人であることを示す他の証拠を無視しているので、確率の話としては誤っていると書いている。
 その他の証拠と言うのは出所不明のお金を事件後被告人が所持していたという事実だ。
 ただ、若い女性が夫にも世間にも知られたくない方法でお金を手に入れるのは、それほどあり得ないこととも思えない。女性が他の犯罪方法(たとえば家政婦の仕事先で財布から少しずつお金を抜き取るとか)で入手した場合でも、お金の入手方法の不明さについては充分納得のいく説明がつく。
 さらに、この件は、被害者の目撃した女性と近所の男性が目撃した女性が同一人物で犯人であることを前提としているが、ベイズの定理の説明として使うだけのものとして考えずに、実際に二人が犯人かどうかを考えると、この前提はそれほど確実か疑問だ。近所の男性が目撃した二人が被告人夫婦であるのはほぼ間違いなさそうに思うが、そうであったとしても被告人夫婦が犯人であったか疑問だ。
 また、女性が有罪だとしても男性は無罪である可能性も高いと思う。
 女性が待っている男性のもとに行く途中に犯行に及んだ場合で、女性が自分のしたことを終始男性に話しておらず、男性も女性の無実を信じていたら、男性の方には何の犯罪も成立しないだろう。
 その点で、女性の雇い主が事件があった日に現実に女性が男性の車に乗り込むところを見ているのか、女性の話や他の日の経験も合わせて証言しているのか気になる。いったん車に乗り込んでから、車を降りて、その後走って車に乗り込んだのなら、女性が犯行を行ったことと事前共謀があったのは確実だろう。
 自分が陪審員だったら非常に迷うだろう。裁判にでた事実をもとにしたとしても、弁護人が主張してもいない推論に基づいて無罪にするのも迷うし(結局検察官が有罪立証に失敗したとして割り切るか?)、検察官が明らかにしていないことについて、もう少し調べたら、事実が明らかになって有罪と確信できるのにと思っても、自分の疑問に基づいて追加調査をしたり、自分が尋問できるわけではない。
 結局、上訴審の裁判官は、確率論としては間違いを犯していたとしても、裁判官としては間違っていなかったのだろうと思う。
 

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