2014年2月28日金曜日

クリスティ文庫(23)

 『愛の旋律』、推理小説でも冒険ミステリーでもない。推理小説とどれだけ違うのだろうと思ったが、それほど違わないという印象だ。
 推理小説でも男女の恋愛や結婚相手の選び方や、夫婦関係について結構書かれているからだと思う。それに金銭問題も。
 読み終わって、ポアロものの『ホロー荘の殺人』に似ていると思った。
 ただ、今までで一番気に入ったカップル誕生物語は、ミス・マープルものの『動く指』だ。

2014年2月27日木曜日

ダイコン

 
 「市民の森」と「大宮第二公園」の間の見沼緑道の歩道の車止めがダイコンの形をしている。
 家の近所の散歩の途中で生のダイコンを見かけた。それまで地面に植わっているダイコンを見たことがなかった。想像では、地上に出ているのは葉っぱの部分だけで、せいぜい緑色をしているダイコンの上の二、三センチだけが、外に姿をさらしているのかと思っていた。
 
 実際は車止めと同じように三分の一から二分の一くらいまでも地面の上に出ている。車止めを見てダイコンを地面に埋めていると思ったが、人為的に埋めているのではなくて自然に育っている状況を表現しただけだったことに気付いた。
 これなら土を掘らなくても手で握って引き抜けそうだ。ダイコンの収穫について、ジャガイモ掘りのようなことを考えていた。

2014年2月26日水曜日

クリスティ文庫(22)

 『シタフォードの秘密』、近所付き合いで近隣の人たちを招き、ブリッジをしようとしたら、ブリッジをしない人がいたので、降霊会をしようということになる。
 解説を読むとイギリスでこの頃結構行われていたそうだ。それで、萩尾望都の『ポーの一族』の短編で降霊会をする話があったのを思い出した。
 ゲーム感覚で特別な人を招かずにするところは、子供の頃やっているのを見たことがある「こっくりさん」に似ている。ただ、「こっくりさん」は女の子がやるものというイメージだった。
 降霊会で参加者の友人が殺されるというメッセージが出たので、参加者の一人が不安になり、雪が降りそうな悪天候のなか、徒歩で友人宅に向かう。二時間以上も歩いて友人宅についたら友人が殺されていた。発見者にはアリバイがあることになる。
 読んでいき最後の方で、殺した友人をかついで被害者の自宅まで運んだらどうなのだろうと思った。殺害時刻直前に被害者の自宅で生きている被害者に会った甥の証言があるが、甥が本当のことを言っているのかどうかわからないと登場人物の一人が繰り返し言う。そして雑談のなかで「殺した後の死体の処理」が話題になる。結局、自分の思いつきは、はずれた。
 クリスティは最後の方で読者を間違った推理に向かわせるような記述を次々と出してくるが、自分の考えた間違えた推理も作者がわざとそれを狙ったのだろうか。だとすると、最後の犯人の意外性は少し損なわれるような気もする。

2014年2月25日火曜日

梅(浦和北公園)

 
 京浜東北線北浦和駅の西口を出ると、北浦和公園が見える。公園の南側は和風になっていて、この部分は浦和北公園になる。北浦和公園は県の管理で浦和北公園は市の管理なので名前が変わるようだ。特に仕切りがないので一つの公園のように見える。
 和風の部分に、梅の木がある。梅としては咲くのが遅い方だ。最初に見た時には桜がもう咲いたのかと思った。
 子供の頃、梅と桜が別々のものだとわかったのは、花札のおかげかもしれない。一月に梅が咲くことになっているのが不思議だったが、旧暦の一月は新暦の二月なので、最近になって納得した。ただ、北海道では先に梅が咲いてから次に桜が咲くという順番にはなっていない。花は春が来ないと咲かないというのが常識だ。
 札幌は雪が解けるまで街に色がなくなる。雪解けが遅いと鬱の気分になる。部屋のカーテンを変えたり、観葉植物を買ってみたりする。
 その時の観葉植物は枯れてしまったが、埼玉では外に出ると緑も花も一年中あるので、もう観葉植物は必要なさそうだ。
 

2014年2月24日月曜日

サボテン

 「市民の森」の中の温室にサボテンがある。
 
 
 サボテンは、温室の外では寒すぎるかと思っていたら、そうでもなかった。京浜東北線の北浦和駅東口から旧中山道に出て、少し北にいったところにある廓信寺の境内にサボテンがあった。廓信寺には、冬に咲く桜もあった。
 
 

2014年2月23日日曜日

王様ではなかった

 別所沼公園で、変わった顔の人間の像を見かけた。威厳がありそうなのでどこかの伝説の王様かと思ったら神様だった。
 気を付けて見ると横に説明板がある。メキシコ合衆国メキシコ州から埼玉県に友好親善のために贈られたものだった。メキシコの「風の神」とのこと。
 鼻の下が異様に突き出ている以外は普通の男性で、横からではなく正面から見ると結構気品があっていい顔をしている。
 
 
 公園内には他に女性の像もがある。
 
 女の子の像もある。
 
 「浦和うなこちゃん」、名前から考えて女の子だと思うが、こちらの方が余程人間離れをしている。
 浦和駅西口にも大人の人間と同じくらいの身長の「浦和うなこちゃん」の像がある。二頭身の赤ちゃんならかわいいだろうが、二頭身の大人は、かわいいというより少し怖い。
 
 写真で見たら、違いがわからないだろう。

2014年2月22日土曜日

教会ではない

 
 最初に見たときに、教会の建物の一部が遺構として残っているのかと思った。さいたま市庁舎が建っている角地にあり、市庁舎の駐車場の向こう側に今現在教会があるので、その教会と何か関係があるのかとも。
 実際は、浦和市とメキシコ合衆国メキシコ州のトルーカ市が姉妹都市になったときに、トルーカ市から浦和市に贈られた三つの鐘を設置するために浦和市が建築したものだった。よく見ると、壁に説明板がついていた。
 国道17号線沿いにあり、少し離れた先からも見えるので、方向音痴の自分にとっては、いい目印になっている。
 
 
 少し離れて、十周年記念に贈られたレリーフ版もある。

2014年2月21日金曜日

クリスティ文庫(21)

 『茶色の服の男』を最後まで読み、手記を利用したトリックが仕掛けられていることがわかった。
 手記を利用したトリックで超有名なのは『アクロイド殺し』(1926)だ。今まで、このトリックを最初に使ったのは『アクロイド殺し』だと思っていた。どうしてそう思っていたかと言えば、別の作品の後書きを読んだためだ。
 後書きでトリックがばれてしまうのは仕方がないとしても、不正確な記述は許せないと思い、そう誤解させた記述を探してみた。
 創元推理文庫の『ゴルフ場の殺人』に「クリスティ訪問記」が載っており、その中にクリスティ自身のコメントとして、『アクロイド殺害事件』(創元推理文庫ではこの題名)について「大多数の人に好まれており、あのトリックを上手にいかした最初の作品」とある。
 単に最初に使ったとは書いていない、「上手にいかした」という修飾語がついている。ただ、自分としては、『茶色の服の男』も充分によく生かされていると思う。少なくとも、それでだまされた読者で、怒った人はいなかったのだろうと思う。
 『アクロイド殺し』を読んでアンフェアと怒った人は、それほどのクリスティファンでは、なかったのだろう。クリスティのそれまでの作品をすべて読んでいたら、不意打ちでもなんでもなかったはずだからだ。これもまたアリということは織り込み済みだったろうと思う。

2014年2月20日木曜日

クリスティ文庫(20)

 『茶色の服の男』(1924)、アンという女性の冒険物語、アンが自分の体験談として語っているが、アンが自身で経験していないことは、別の人間の手記が語っている。
 作中、わたし(私)を指すのは、それぞれ別の人物ということになる。早川書房では別人の手記の部分は、字体を変えているので、文中の自分が誰なのかわかりやすいが、それでもぼんやりしていると間違えそうになる。
 この書き方でコリンズを思いだした。コリンズの『白衣の女』(1860)も『月長石』(1868)も、複数の人間の手記からなっており、しかも作中で筆者が交代するので、今自分は誰なのか読んでいて注意する必要がある。
 このコリンズの方式は、もともとあった形なのか、時代の流行なのか、コリンズが編み出したのかは、よくわからない。
 クリスティは、コリンズを読んでいると思うが、その影響を受けたのかも不明だ。
 全作読んでから自伝を読もうと思っているので、今後解決するかもしれない。

2014年2月19日水曜日

クリスティ文庫(19)

 戯曲『アクナーテン』を読み、戯曲『評決』に似ていると思う(文庫ではブラック・コーヒーの題名の本に収録)。どちらも良いことを考え、実行するが、逆にそれが周りの人間に不幸をもたらす。
 『評決』で、登場人物が最後の方で、「極端な理想主義者は、周りの人間を不幸にする点では、極端なエゴイストと変わらない」という意味の事を言う。
 今放送中のドラマで、あくまで隠蔽工作に反対する主人公が、友人から家族のことを考えて、筋を曲げて保身に走るように忠告される。
 永遠のテーマのように思う。自分は『評決』を気にいったが、興行成績はよくなかったようだ。クリスティ作の題名「評決」から観客が期待するものとは、違った内容だったせいだろう。クリスティは別の題名にしたかったようだが、通らなかったらしい。
 読者の求めるものを書かせられる例は、いくつもあるように思う。シャーロック・ホームズは崖から落ちて死んだはずなのに、死んでいなかった。
 オズシリーズも一度は終了宣言を出したが、書き続けられた。
 スティーブン・キングの『ミザリー』で、作中の小説家は、熱狂的な読者に監禁されて一度死なせた主人公を生き返らせて話を続けるよう強要される。小説の中の現実と小説の中の小説が同時進行する。キングが書いたもので自分の好きな小説三本(か五本)の指の中に入る。